巻之44 〔14〕 碁打ちの老狸

 世に知られた角力(相撲)の関取で緋威(ヒオドシ)という者は芸州の産まれである。
近頃年老いて、わしの藩お抱えの角力である錦の家に仮住まいをしている。
わしも年来知る者ゆえ、時々呼んで噺をさせる中に面白いものがあった。

 彼の故邑から在郷3里ばかりの村に老狸があった。
常に人と話を交わした。
見た目は普通の狸と違わない。
緋威もしばしば付き合った。

 ところでこの狸はよく碁を打った。
相手がほとほと困っていると、「あっしは目が見えませんからね」などと云って、かなしや凡夫をあなどる言い方をする。

 総じて人の如し。
だからこれを困らそうと、傍人が戸を閉じて障子を塞ぐと、その隙間から出て行くのは幻影のようである。
だからそこに留めておくことは出来ない。

 また戯れに陰嚢を披いて人に被せる。
人は驚いて逃げようとすると、いよいよ包み結んで、笑っている。
そのいたずらをするのも人と違わない。

 またある人がこれに「あんたさんには弟子がいるかね」と聞くと、「弟子ありと云ってもねえ、ただ隣村にいるちんば狐だけがわしの弟子だね。
しかしながら人と話するのは未だできねえな」。

 わしは疑った。
内心は信じられない気持ちを持ちながら、時に錦もまた同席していたのだから。
かつて共に芸州に行ってその人(錦)を知っているので、虚妄ともいえない。

 またこの狸はよく古い昔のことを語る。
おおむね茂林寺の守鶴老貉(むじな)の談に類する。

 だから芸狸も長寿の者か。
また隣のちんば狐は、里人に時々視られていたと云う。

(注): 茂林寺の貉(狸)は分福茶釜の昔ばなしで有名で、一般には狸が茶釜に化けたとされるが、寺の縁起は、狸の化けた釜とはせず、寺に長い間(161年間)も仕えていた老僧守鶴は古狸(貉)が化けていたもので、千人の僧が集まる法会で使った(分福)茶釜が一昼夜汲み続けても釜の湯はなくならなかったという。


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